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今日は土曜日ですが、
明後日に父の病院の付き添いで休みをとっているため、
今日もまた仕事です。
ただ、今までの病院の受診が月一回になり、
移行するクリニックは、受診後に出勤できる場所にあるので、
今までのような、無謀な生活はだいぶ改善されると思います。
私の担当している方で、ある老々夫妻がいます。
夫が私の担当利用者様で、介護者は実質奥様だけ。
息子さんが一人いますが、障害者のため介護は難しい状態です。
ご主人は多くの病気をお持ちで、
私が1年前に他事業所から交代で引き継いだ時は、
実質引きこもりで、ADLも介助がないと歩行できず、
更に困ったことに『認知症が無いのに』
自身の身体のことを理解しておらず、一人で歩こうとして転倒してしまうのです。
そんなわけで、奥様はご主人から24時間目が離せない状態でした。
奥様の介護休養の時間をつくりたくて、ショートステイの提案をするも
本人が嫌がりました。
しかし、このままでは、奥様も倒れてしまうし、
ご主人のADLも低下して、寝たきりになるは時間の問題でした。
ですから、ご主人に
「奥様に頼りっぱなしで毎日生活していたら、奥さんが倒れます。
そうしたら、ご主人はこの家で生活できませんよ。
それに、このまま、家だけで過ごす生活をしていたら
ご主人歩けなくなりますよ。
そうしたら、やっぱり家で暮らせませんよ。
これからも家で暮らしたいのなら、
ご主人も努力してください!!」
と、あえて説教して、とりあえす、デイサービスに行くようなりました。
週1回ですが・・・。
それでも、2年半受診以外は外へ出なかった人なので、
大きな進歩でした。
でも、奥様の身体が限界に来ていましたので、
ショートステイの利用の話を進めはじめました。
ただ、病気が多い為、ショートステイ側も
医師からの注意事項を知りたいとのことで、
病院側とも連絡取り、情報提供もしました。
そうやって話をすすめていたところ・・・。
ご主人が人工透析になってしまいした。
もともと、末期の慢性腎不全だったので、
いつかはそうなるだろうとは
ご夫妻も私も思っていました。
しかし、私の勉強不足が、そこで露見してしまいました。
透析クリニックは院内の介助をしないとのことなのです。
「うちでは介助ができないので、家族がヘルパーが対応してください」
と言われました。
奥様は当然追い込まれます。
院内は介護保険のヘルパーは使えません。
社長に助言を求めたら、
「『あれもやった、これも調べた、いろいろやったけどだめだった。』そのうえでないと介護保険課は、相談に乗ってくれない」
とのことでした。
そのため、私は、地域の他の透析クリニックや病院に電話をしまくり、送迎と院内介助の対応をしているか問い合わせました。
しかし、どこもダメでした。
次に、ご主人が身体障碍者手帳2級を持っているので、障碍者支援で対応できないかも訊きましたが、介護保険同様、院内介助は無理との返答でした。
いろいろ調べてはいたのですが、父のこともあり、
最近仕事の対応が遅くなってしまっていたので、思うように動けずに、
自分で自分にイライラしていました。
とにかく、いろいろ調べたけど、どれもダメだったので、
夫妻の状況と調べた内容を文書にして、万全の態勢で介護保険課に掛け合う準備をしました。
ですが、その日の午後に介護保険課に掛け合うつもりでいた日の午前中でした。
奥様から電話がありました。
蚊のなくような声で。
「かたつむりさん、もう辛い。主人がもう透析に行きたくないと言っている。透析に行かないでこのまま死にたいと言っている。私もどうしたらいいか考えられない、もう死にたい」
そう言いました。
マズい!!
とっさに思いました。
楽天家なご主人と、気丈な奥様の言った言葉です。
奥様は、以前から
「かたつむりさん、私もう無理よ!」とは何度も言ってました、笑いながら。
社長に怒られるのはわかっていましたが、
訪問時はいつも2~3時間滞在し、奥様と話す時間をしっかり持つようにしていました。
奥様のはけ口をつくるために・・・。
サービスの手配と開始が、多くの持病の為にどうしても遅れてしまうので、
支援体制が整うまで、
せめて、私に愚痴をぶつけてほしいと思っていました。
やっと、デイサービスとショートステイの併用利用が見えてきたときの
人工透析。
デイサービスは利用継続できていますが、
話を進めていた、ショートステイは白紙になりました。
ショートステイ利用中の透析時は家族の送迎対応が最低条件です。
これでは、家族の介護休養にはならないのです。
ご夫妻にとっては、地獄のどん底に突き落とされたも同然でした。
私は奥様に電話口で、
「病院内のヘルーパ―に関して、調べるべきことは全てしたから、詳細を書いた書類も作ったので、今日の午後1番に介護保険課にかけあってくる!絶対にヘルパーを入れる許可をとってくるから!」
そう言いきりました。
介護保険課が『無理です』といったら、
「そうしたら、このご夫妻は間違いなく心中しますよ!!それでもいいんですか!!」
そこまで言うつもりでいたのです。
元々ケンカ覚悟で行くつもりでした。
午後、介護保険課に行って事情を説明したら、
病院内のヘルパー介助が、
今回の件は『特例で認められるものに該当する』とのことでした。
『ケアマネがきちんと、条件に充てはまる状況を記録に残して、ケアマネが必要と判断すれば大丈夫です。今、私(=介護保険課職員)にしてくださった説明をそのまま記録に残せば大丈夫です』とのことでした。
奥様に急いで電話をしました、
『透析クリニックでヘルパーが使えると、介護保険課から言われた』ことを伝えたら、奥様は喜んでくれました。
後日、自宅に伺い、私の家の事情とはいえ、対応が遅れたことを謝罪して頭を下げました。
奥様は、『かたつむりさんもお父さんのことで大変なんだから、わかっているわよ。でも、本当に、かたつむりさんありがとう。』
そう言ってくださいました。
どこのヘルパー会社にするかは、
本来ならばヘルパー会社を数社提示して、
ご夫妻に選んでいただくのが筋なのですが、
時間がないので、私が一番信頼しているヘルーパ―会社にお願いしました。
週3日すべて対応していただける見通しになり、事後報告で手配をしたことを奥様に合わせて伝えました。
担当者会議が、ご夫妻の都合で来月になってしまいましたが、奥様が、
「あと少し頑張れば、ヘルパーさんがやってくれると思えば、大丈夫よ」
と、言って下さいました、
私といつものように長話をしたあと、
「久しぶりに、声を出して笑ったわ。かたつむりさん、ほんとうにありがとう」
そう、笑顔でおっしゃってくださいました。
間にあってよかった・・・。
本当に、そう思いました。
そして、奥様が私に『死にたい』と言って下さったことに、心から感謝しました。
奥様がその言葉を、『本当の気持ち』を言って下さらなかったら、私は、お二人がそこまで追いつめられていることに、気づけなかったのです。
本当は、その言葉を聴かなくても、気づくべきなのが『ケアマネージャー』なのです。
そのことに気づけなかった私は、ケアマネとして『決定的な失敗』をしたのだということも、充分自覚しています。
今、自分で自分に腹が立っています。
でも、とにかく、ご夫妻に少しでも光が見えたことに、少しだけ安堵しました。
依頼したヘルパー会社は、私が初心者のときに受けた困難ケースを一緒に支援した会社です。
その方の対応で、私は、包括その他から『かたつむりさんはケアマネとして何もしていない』と責められ続けられました。自分なりに考えがあっての行動なのに、非難されて、とてもつらかったです。
そんな中で、このヘルパー会社は、最初から
『私は、担当ケアマネであるかたつむりさんの支援の方針にしたがって、一緒に支援していきます』
と言ってくれた、唯一の会社でした。
そして、色々を助言をいただきながら、最後まで支援をすることができました。
このとき『地域ケア会議』で、私は包括と実質対立し、結果、私の意見を正論で通しました。
『安全な場所にいて、責任も取らずに、非難だけする輩に、文句は言わせない』
そう思って、望んだ『地域ケア会議』でした。
包括・各支援事業所・行政など色々な方が見えてましたが、誰も私の言葉に反論しませんでした。
私がケアマネになって4カ月目のことでした。
そこから、みな、手のひらを返すように私を非難しなくなりましたが、一番苦しい時に味方してくれたのは、そのヘルパー会社だけでした。
その会社だからこそ、このご夫妻の支援を依頼しました。
今後の、自宅での身体介助や生活支援を見すえての依頼です。
小さな異変にもきっと気がついてくれるはずです。
私が信頼する『サービス提供責任者』のお兄さんは、私の『無茶な依頼』を心良く引き受けてくださいました。
「かたつむりさんからの依頼ですから」と。
私は、危うくご夫妻を『殺してしまう』ところでした。
今回のことで、ケアマネージャーの仕事は、
利用者様のそのご家族の命にかかわる仕事なのだど、現実的に実感しました。
今回の失敗を肝に銘じて、これからも精進したいと思います。
拍手やコメントをくださったかた、
ありがとうございました。
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ご了承くださいますようお願いいたします。
(本当に、本当に、ずっと書けずにごめんなさいっ)
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