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8月から社会復帰しました。
新しい職場で勤務を始めています。
知人・悪友達に『自分の命より大事な仕事はないからな、今度こそ無理は絶対にするな!』と、皆さんに厳しくクギを刺されました。
本気で心配して怒ってくれる人がいることはありがたいものです。
私は体重が10kgも落ちたわけですから、本当に楽観視など出来ない状況でした。
あと、数日無理を押して仕事をしていたら、本当に倒れていたかもしれません。
現実に、仕事を辞めてから、電子レンジでものを温めることが出来ない、電気ポットに水を入れてお湯を沸かすこともできないくらいまで、動けなくなりましたので。
私は、太っている方なので、10kg減少しても、まだどうにかなったのかもしれません。
これが、もともと痩せている体型のかたが、10kg落ちたら、とても危険である事は、容易に想像できます。
今から考えても背筋が凍ります。
家族介護の、当事者以外からは見えない恐ろしい部分を、身をもって経験してしまった・・・そんな気持ちです。
今度の社長さんは、表裏のない人のようで、サバサバしたタイプの人のようです。
女性の集団の中で仕事をすることが苦手な私としては、今度の社長さんの気性はとてもありがたいです。
社長さんいわく『私は瞬間沸騰湯沸かし器な人間』とのこと。
『私も同じです』と社長さんには伝えました。
私も今でこそ、若いときよりも沸点が上がりました。
しかし、一度キレたら何をしでかすか解らない人間である事は自分自身も解っています。
ですから、『頼むから私を怒らせないで!!』と、願っているのですが、わざとなのか、私の地雷をしっかり踏んでくれるひとがいます。
実は私は、一定の限度を超えたことをされた場合、かなり根に持つタイプなんですよね。
話はそれましたが、私は今の社長には、採用面接時に、前職場を辞めた経緯と、今の自分の体調をすべて話しました。それでも社長は、それを承知の上で私を採用してくださいました。
そのこともあり、社長は、私の体調に配慮して下さり、とてもありがたくと思っています。
この酷暑なので、正直、身体がついて行きません。
先日、地元のケアマネ協会へ会員の申し込みに行ってきたのですが、移動時間は1時間を少し越えたくらいで、今まで普通に移動していた時間でした。
でも、しっかり熱中症になってしまい、経口補水液や、塩分が含まれる飲み物の500mlのペットボトルを何本も飲む羽目になりました。
体力が無いことは自覚していましたが、ここまで落ちているとは思いませんでした。
ものすごいショックを受けました。
社長自身も、さすがにこの酷暑での連続での訪問は堪えたようで、
『かたつむりさん、しばらく、日中は外へ出ない方がいい、具合が悪くなる。現に私が具合悪くなっているから』と、言われました。
かといって、涼しくなるまで担当をもたないわけにもいきません。
今の事業所は、以前の職場よりも営業エリアが狭いので、移動に時間を取られることはあまりないと思います。
(私が、前の職場での担当していた利用者様のエリア範囲を話したら、社長が驚いていました)
ですから、社長には、『暑い間は、訪問が連続で数件になることは避けて、経口補水液常備で訪問に行くので、予定通り引き継ぎをして大丈夫です。』と、伝えました。
前職場で右も左も解らない状態の初心者で2ヶ月目に13件引き継ぎしたことを考えれば、今の職場は、私にとっては『幸せ』ですよ。
私は、引き継ぎが始まる前に、どうしてもやっておきたいことがありました。
私は、書類作成そのものは苦手ではありません。
10年間一般企業で仕事をしていましたので、社内文書・社外文書・会議書類など、様々な書類をつくってきましたし、経理畑の人間ですので、数字に関しても全く平気です。
しかし、それでも、ケアマネになって一番苦労したのは、書類作成でした。
特に支援経過が苦手でした。
本を読んでも、自分が探している答えが見つからない。
だから、マニュアル本に頼るのをやめました。
ひとりひとり違うのだからそこに『答えはあるはずがない』と私は思いました。
前職場では「『必要最低限』の事が書いてあればいい、省けるものは省いていい」と言われましたが、その必要最低限が解らない。
なぜなら、自分は基礎が出来ていないから。
省略というものは、基礎がしっかりと出来て、始めて省略ができるものです。
その『基本』を理解が出来ていない私には、いきなり必要最低限(=減算にならない範囲)を言われても解らないのです。
それを質問すると『運営基準と解釈通知を読んで』との返事が返ってきました。
前社長より例文は受け取りました。しかし、基本中の基本のみで、イレギュラーな部分の書き方が、私にはどうしても掴めなかったのです。
自分で調べて理解するには、当時初心者の私には時間がかかることでした。更に、2年目に入ったときに自分が頸椎ヘルニアを発症して全身の激痛に耐えながら、癌を再発した父の闘病で奔走しなければならなかった私には、自分で調べて勉強することはなど、身体的にも精神的にも時間的にも出来ませんでした。
しかし、それを『いいわけ』とされました。
でも、今の社長は、そのことを理解してくれています。
だから、『基礎からのやり直しをしたい』という、私の気持ちも尊重してくださいました。
遠回りだけれど、長い目で見れば、ケアマネとしての力がしっかりとつく。
『急がば回れ』ということです。
そうなれば、会社としても『しっかりとした戦力』にもなります。
そして、会社としても、書類作成が出来なければ、後が大変です。
だからこそ、『社長は私の基礎からのやり直し』を認めて下さったのだと思います。
今、自分を取り巻く環境が、自分の体調と生活以外は落ち着いたので、冷静に色々と考えられるようになって、ようやく自分がケアマネとして『今、自分がケアマネとして何を身につけなければならないこと』なのかが、解り始めたところです。
そのため、引き続き基礎固めを続けています。
自分専用の『仕事マニュアル』です。
インテーク→アセスメント→ケアプラン作成→サービス担当者会議→モニタリング→再アセスメントの流れを、書籍やインターネットから情報を集めて、自分なりの『マニュアル本』を作りました。
とんでもない厚さになりました。
暫くは、この本に頼りながら仕事をしていきます。
そして、お仕事マニュアルの第二弾として、こんなものをつくりました。
自分専用の『支援経過の文例集』です。
前職場で自分が入力していた支援経過の文章を思い出しながらもう一度見直して、その上で、『書籍』や『インターネットでの様々な文例集』を参考にして、30年度法改正の内容も自分なりに踏まえながら、つくりました。
気がついたら30ページ近くまでになってしまいました。
このマニュアルをみながら、またはワードで立ち上げてコピペしながら、試してみたいと思います。必要であればその都度追加や修正をしていきたいと考えています。
そして、担当者会議の要点の書き方やケアプランの文章等もインターネットの文例を参考にして自分なりのマニュアルを作りました。
当面は社長のケースを引き継ぐかたちで担当を増やしていき、新規のかたを持つことは当面は避ける方向で、社長と話をしています。
今の保険者や地域のサービスの情報が、私がまだ分らない状態で新規を受けるのは難しいだろうと、社長が判断したためです。
この社長の判断はありがたかったです。
月5件ペースでまずは30件を持つことを目標にしていくことになりました。その期限は特にありません。
当初は、1年後に30件との話でしたが、新規の依頼が多く入っているので、そのようなことも言っていられなくなりました。
社長から『かたつむりさん、話が変わってごめん』と、言って下さいました。
『社員に謝って下さる社長とは、器量が凄いな』と、思いました。
人間、なかなか自分の非を認められず、それを他者になすりつける人もいます。
私も、なぜか全て私が悪いことにされて、酷い目に遭ったことは何度もあります。
だから、謝罪がちゃんと出来る人は信用できる人だと思いました。
この会社なら大丈夫。
そう思っています。
しかし、社長は、『かたつむりさん、突然来なくなったりしないでね』と、毎日何度も私に言います。
理由を訊いたら、就職したけれど、自分に合わないと思ったら、1週間で突然来なくなるケアマネが多いとのことでした。
その話を訊いたときに、私は開いた口がふさがりませんでした。
そんなことをしているケアマネは、どこに行っても、ケアマネとしてまともな仕事は出来ないと思います。
あまりにも無責任すぎます。
私は、前職場では自分で引き継ぎは出来なかった。
どんな正当な理由であれ、結果的にご利用者様とご家族に、各サービス事業所に迷惑をかけてしまった。
だから、ご利用者様とご家族に、各サービス事業所には、本当に申し訳ないことをしてしまったと思っています。
その謝罪すら、直接することは許されなかった。
混乱を大きくすることを避けるためには仕方がなかった。
でも、ご利用者様とご家族に、各サービス事業所に謝罪できなかったことが、今でも心残りです。
だから、突然会社に来なくなるなんて、私の価値観では考えられませんでした。
私は、医師からドクターストップをかけられたので、仕方がなかったし、それだけの余力はもう無かった。
私は、ずっと自分の壊れた身体を、無理矢理動かして仕事をしていたので、『もしかしたら自分で引き継ぎが出来ないかもしれない』と、すでに父がターミナルになった時点で想定はしていた。その場合に供えて、プラン変更等が必要な利用者は、1人を覗いて全て、プラン変更を終わらせた。
残りの一人は入院中で容態が安定して、在宅へ戻るための支援の方向性が出来たとこまでは、どうにかやった。
本当はそのかたが退院して、新しい支援体制をつくるまではやりたかった。
けれど、もう身体が限界を超えてしまっていた。
悔しかったけど、申し訳無いと思ったけど『もう無理だ』と思った。
だから、万が一引き継ぎが出来なかった場合にそなえて、全てのご利用者様とご家族には、そのときにできる限りの布石は打っておきました。
『もし、万が一こういうことがこの先起きたら、このような方法がある』などの情報提供をしたり、サービス事業者間のつながりをしっかりつくっておく等、思いつく手は全て打ちました。
ご利用者様とご家族にかけるご迷惑を、少しでも少なくするために。
それでも、やはり、どのような理由であれ、この状況になってしまったことに対して、ご利用者様とご家族、サービス事業者のかたには、本当に申し訳ないと思っています。
ただ、もれ聴いた話では、ご利用者様とご家族は逆に私の体調を心配して下さっているとのことで、とてもありがたいと思いました。
同じ、在宅での家族の介護を経験した者同士だからこそ、ご利用者様とご家族のかたには、『私が潰れた理由』を解って下さっている方がいるのだろうと、推察しています。
本当に、ありがたく思っています。
同じ失敗は、繰り返さない。
もう、身体は元には戻らないけれど、今の自分の身体状況に合わせながら、『ケアマネージャーとしての責務』に、もう一度真摯に向き合いたいと思います。