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注意:今日はかなりの辛口です。非難と苦情は受け付けません。
そして、自分の発言を撤回する意思はありません。
なぜなら、自分が間違ったことは言っていないと確信しているからです。
このことを踏まえた上でお読み下さい。
今、私は、仕事を辞めてから、日々の体調をみながら、もう一度ケアマネ業務の基礎の基礎から勉強をやり直している。
食事も取れないくらいの状態だったから、本格的に勉強を始められたのは、この2週間くらいからだ。
それでも、出来ないときもある。
ターミナルの父の諸対応と介護で、肝心なときに情報収集ができなかった『30年度法改正』の内容の確認も、今ようやく出来る状況になった。
そして、こんな本からもう一度勉強を始めている。
これが、ケアマネとしての今の私の状態だ。
私は、2年半もケアマネとして仕事をしてきたが、現状は、実務の基本の基本すら身についていなかった。
そのことに気がついたのは、父のケアマネさんとの出会いだった。
職場ではなく、ターミナルの父の介護を通して気がついたのだ。
彼女の仕事をみていて、『自分のやり方は間違っているのでないか?』と、本当にはじめて思った。
ケアマネ一人一人やり方は違うし、ご利用者様とご家族にあわせて柔軟に対応しなければならないので、いろんなパターンは当然ある。
だが、根底となる基盤はひとつ。
そこが出来ていない自分がいることは、気がついてはいた。
なぜなら、ずっと手探りでやっていたから。
これまでの私のケアマネとしての武器は、紆余曲折な自分の人生経験だった。
ケアマネとして本来持つべき知識は、身についていなかった自覚は自分でもあった。
でも、仕事を辞めるまでの約2年間は、自分は自己研鑽をしている時間が本当に無かった。
寝る時間も削り、休日に『休む』ことも出来なかったから。
その理由は、今まで私のブログを読んで下さっている方であれば、ご理解いただけるかと思っています。
私は、砂地に家を建てているような状態で、今までケアマネの仕事をしていたのだ。
ケアマネとしてのしっかりとした基盤を『自分のなか』につくりたくても、ケアマネ2年目になったばかりで頸椎ヘルニアを発病した。
まともに風呂は入れない、シャワーで頭を洗こともできないほどの激痛に常に襲われている日々。
あまりの激痛で仰臥位もとれず、左側臥位でしか臥床が出来ない状態で、まともに寝ることさえできない状態だった
それでも、とにかく仕事をすることで精一杯だった。
その状態の私に、さらに父のがんの再発という『辛いこと』が重なった。
身体の痛みが治まらない自分の身体を、仕事で酷使しながら、更にキーパーソンとして父の対応に追われる日々。
父の予後の方針が決まるまでの4ヶ月の間、両親では医師の説明が理解できないため、私は毎週父の病院の付き添いをしなければならなかった。
そのため、その時期は、ほぼ毎週土曜日に振替出勤をしないと仕事が終わらない状態だった。
職場でも、家庭でも、私の代わりはいなかったから、自分の身体を酷使するしかない状況だった。
毎日身体が悲鳴を上げ続けていた状態では、自己研鑽の勉強をするとか、研修を受けにいくとか、そんな状況ではなかった。そんな余力はまったくなかった。
それでも、自己研鑽の研修に行かない事を前職場の社長や管理者に何度も非難された。
非難されたとき、逆に『あのときの私』に、自己研鑽にいける術があったのなら教えて欲しいくらいだった。
だが、そんな反論が出来る余力さえ私には無かった。
普通に寝ることも出来ずに、ベッドにありったけの毛布と布団を重ねて座位で短い時間で睡眠にしないと、次の日の朝、動けない身体になっていた私に。
そして、食事もまともに受け付けなくなっていた私に。
父の残された時間に対しての、家族としての責務を独りで背負っていた私に。
どうすれば、身体が悲鳴を上げている状態で、仕事をしながら、父のキーパーソンとして奔走しながら、やっとの思いで立っていた私に、自己研鑽の研修に行けと、なぜ平気でいえるのか?
逆に私は、社長と管理者の思考が、どうしても理解できなかった。
このような経験もあり、いろんなところからの情報も踏まえた上で、私はこう思っている。
『ケアマネ業界を含め、介護業界は、新人や後輩に仕事を教えるのは、はっきり言って下手だ』
そう、私は言い切れる。
大体の先輩ケアマネは『私達は、自分で調べて仕事を覚えてきた。だから、あなたも自分で調べて仕事を覚えなさい』という。
確かに、『自身で調べること』自体はとてもは大事だ、異論は無い。
だが、その調べ方が間違っていたら、どうなるだろうか?
私は、それで、何度も失敗した。
解釈間違いをして失敗したこともあった。
そのときは、会社として責任の所在をどうするのだろうか。
仕事を教えてもらえず、自分なりに悪戦苦闘しながら調べて、その結果、間違えた、元新人ケアマネが『悪い』というかたちで終わるのだ。
指導している人が誰もいないから、『指導した者として責任の負う』先輩ケアマネがいないのだ。
誰かが、しっかりと指導しなければ、新人は、大事なところで大きな間違いをする。
それが、結果的には、会社の存続の危機にも繋がりかねない。
その責任を、会社は、その元新人ケアマネ独りに負わせて、『トカゲのしっぽ切り』をすることで、危険を回避するのだ、『全てあなたが悪い』と言って。
私は、同僚達が既にその知識を持っていたのに、教えてくれなかったこともあった。
質問しても『私では解らない』という返事が何度も返ってきた事も少なくなかった。
きちんと教えてくれたことも確かにあった、しかし、頻度としては少なかった。
ちなみに、みなさん主任ケアマネである。
主任ケアマネの責務のひとつには、後進の指導もあったはずだ。
たとえなくても、先輩や上司が後輩や部下に仕事を教えるのは、世間では『当たり前』のことだ。
私は、いろんな職種で、沢山の後輩を育ててきた。
本当に『本気で後輩に仕事の指導』をしているときは、自分の仕事が2倍になる。
そして、一般企業で働いていたときは、私は自分の仕事は後まわしになることもあった。
それだけ、『後輩を育てると言うことは、それほど大変で大きな仕事』だった。
なぜなら、その『社員としての後輩の今後』を、そして何より『これからの会社を大きく左右する大事な仕事』だからだ。
後輩が仕事を覚えられないと、教えた側にも怒られるのが一般企業では普通にある。
『お前の教え方も悪いんだ。指導の仕方をもう一度考えろ』と。
営業部門での後輩の指導は、指導する側も上司にかなり厳しく怒られた。
なぜなら、会社の営業部門は、会社の利益に直結する部門だからだ。
そんな企業で、私は社会人としてスタートしたので、『後輩を育てるという仕事の重要さ』は骨身にしみている。
でも、介護業界では、仕事を教えるという概念すら無いように私は思った。
はっきりいって、私は、私の価値観に当てはめると『介護業界で、まともに仕事を教えてもらえたことが無い』と、言い切れる。
仕事での『指導』というのは、口頭で言うだけのものではない。
後輩や部下の仕事のチェックをして、具体的な助言とサポートをして始めて『指導』というのだ。
でも、今の私は、基礎からやり直している。
主任ケアマネが複数いた職場に在籍していたにもかかわらずだ。
少なくとも会社が『本当に指導をしていた』なら、ここまでの基礎から自分で勉強をし直すことはしないで済んだはずだ。
これが、ケアマネ業界の現状。
ケアマネ業界は、後進の指導が出来ないのだ。
『先輩ケアマネが後輩に仕事を教えないのは、同僚ではなく『ライバル』だから。『ライバル』には自分の手の内は見せない。もし、それを後輩に教えたら、自分の武器がなくなる。そして、利用者を後輩に取られてしまう。だから、先輩ケアマネは、肝心なことは教えないのだ、『ライバル』を減らすために』
こんな文章を目にしたことがある。
そのときに、妙に納得している自分がいた。
職能団体が、専門職としての底上げをしようと頑張っているようだ。
しかし、現場では、後輩を育てるどころか、『潰している』のが現状だ。
はっきり言い切れる。
他の人が私の立場だったら、もう、とっくに潰れている。
私は、ケアマネの仕事に就けるようになるまでに、他の人より乗り越えなければならない『壁』が、あまりにも多すぎた。
父は、病気と闘いながら、それでも、私が『今の状況になること』を恐れていた。
だから、私はどうにか踏ん張れた。
悪友達にも助けられた。
なにより、このままでは父に申し訳ないと思った。
今、私は、本当に貪欲にケアマネとしての自己研鑽の為に勉強がしたい。
一番、ケアマネとしての基盤をつくるのに適した時期に、自分の病気と父の病気で、その機会をつくることができなかった。
そして、『本当の意味』で、そのときに助けてくれる人は、業界にはいなかった。
ケアマネとしての基盤をつくれなかった2年間の遅れを取り戻したい。
まだ、体調が戻りきらない、まだ思うように動ききれない身体だが、その日の体調と相談しながら、基礎からやり直している。
『運営基準の13条』の『意味』も、今なら読んで理解することも出来る。
『介護サービス計画書の様式及び課題分析標準項目の提示』の内容も今なら読んで理解できる。
過去の私には『独りで読んで理解する』のは無理だった。
少なくとも、これらを今読んで理解できるようになったということは、ケアマネとして、その分だけは成長は出来たのだろう。
だから、過去に解らなかったことも、今なら解ることも多いかもしれない。
確認するためには、どこから情報を引っ張ってくれば良いのかも、ようやく解ってきた。
今までの失敗に対して、今後どうすれば良いのか、その答えを今つかみかけているところだ。
3年弱、独りで苦しんだ結果、ここまでようやくたどり着いた。
だから、今までの遅れを少しでも取り戻せるように、全力を尽くしたい。
でも、私のような苦労を、これからケアマネの仕事に就く新人さんには、して欲しくないと、願っている。
本当に、後輩ケアマネさんには、こんな苦労はして欲しくない・・・。
心から、そう願っている。
私は、初めて『本気で主任ケアマネになりたい』と、思っている。
主任ケアマネなって、やりたいことを見つけたからだ。
それは、スーパービジョン以前に、『後輩ケアマネ』を育てたい。
自分が持っているもの全てを、後輩ケアマネに教えて伝えられるようになりたい。
自分と同じような苦しい思いをする新人ケアマネさんをつくりたくないから。
そして、新人ケアマネさんに、理不尽なことで潰れて欲しくないから。
その為にも、ケアマネとして、そしてその前に一人の人間として、もう立派なオバサンだけど、これからもしっかりと自分自身も成長したいと、今、思っている。
前職場の事をかいたので、前職場への非難ととる人もいるでしょう。
ただ私としては『自分の経験をありのままに書いただけ』です。
このことで、私を非難される方は、私を非難する前に、『ご自身がしっかりと責任を持って後輩を育てている』と言い切れるのか、『しっかりとご自身を顧みて』から、その上で私を非難して下さい。
この文章で、私を非難される方は『しっかりと責任を持って後輩を育てた経験が無い方』だろうと、私は推測しています。